December 12, 2007

NIC入学希望理由書 - 東京都・私立高校出身○自己推薦入試

2006年3月、私はメコン川を渡るためにフェリーを待っていた。外に出ては危険だということで、私たちは車内にいた。すると、私たちの乗っていたジープは、何人もの子供たちに囲まれてしまった。そして彼らは、窓ガラスをたたき始めた。物乞いをしているのです。彼らの中には、手や足がない子、さらには両目がつぶれた子供までいた。それでも彼らは、車の窓ガラスをたたき続けた。彼らは、まさに骨と皮だった。このとき、キレイな服を着て、コーラ片手にパンを食べている私は、彼らと目を合わせることすら出来なかった。後で知ったことだが、彼らは栄養失調のため成長の止まってしまった大人たちであった。

これは、カンボジアに父達の寄付で立てられた小学校の視察に行ったときに、実際に起きたことです。この出来事の後で、言葉には出来ない、やり切れない感情で胸がいっぱいになりました。そして私は、「なんでこんな世の中になってしまったのだろう」という思いから、こんな世の中へと導いた先代の大人たちを恨みました。しかし同時に、「自分もすぐ大人になる。それなら、こんな世の中を変えたい。」と強く思い始めました。「起業家になる」という漠然とした「夢」だったものが、「予定」になった瞬間でもありました。なぜなら、「起業家」というのは、世の中を変えていくことによって、人々に感謝されるのが仕事だからです。父親が起業家と言うこともあり、小さい頃からなんとなく将来は、起業したいと思っていました。孫正義さんの本を読んだ影響もあって、行くならアメリカの大学の方がいいと思いました。高校生のうちに留学しようと、2年生の8月から1年間の交換留学に行ってきました。その留学では、アメリカの経済は、インターネットの普及率など環境の面、人々の考え方や高校での教育の内容などの面から見て、日本の何歩も先を行っていると確信を持ちました。そして何より、世界中の国々から人が集まってくるという点(私が行った高校には6カ国から)で、経済や経営を世界単位で学ぶにはうってつけの場所であることもわかりました。しかし、私の英語力では大学の講義には到底ついていけないということもわかり、卒業直後に渡米することにとても不安を持ちました。そこで、まずNICで学ぶことを考えました。

NICのことは、交換留学について調べているときに知りました。取得単位がアメリカで無駄にならないというのが魅力的で印象に残っていました。久しぶりにウェブサイトを見てみると、そこには「世の中のチェンジメーカーになろう!」と書いてありました。正直その一言で、ここにしよう!!と決心しました。そして、「死ぬほど勉強する」というフレーズも心の奥深くに響きました。貴校に入学できた際には、カンボジアの人たちや、そのほかの世界格好で教育を受けられない人の分まで、死ぬほど勉強します。そしてゆくゆくは、たくさんのチェンジメーカーたちとともに、世の中を変えていきたいと思います。


Posted by ktukjp at 17:32