February 19, 2010

<NIC第12期生より後輩の皆さんへ> 留学は、あくまでその先に続く人生をより豊かにするための通過点。留学の向こうにある自分像こそをしっかりとビジュアライズする事が必要。

NIC第12期生 由美さん(都内で特許法律事務所に勤務、カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校心理学部卒、広島県出身)より、後輩の皆さんへのメッセージが届きました。

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1)現在のお仕事、様子などを教えて下さい。

現在は、都内の特許法律事務所で翻訳者兼弁理士のアシスタントとして働いています。
少し前までは特許事務で、実際に特許庁に提出する書類の作成や、お客さんとのコレポン、期限の管理など、事務処理を行っていました。
翻訳業務を担当するチャンスを頂いて、今は初めての技術翻訳、法律翻訳などに苦労しつつも、以前よりさらに何倍も楽しく仕事をしています。
翻訳・アシスタントも事務も、特許自体が比較的特殊で奥も深い分野なので、毎日充実しています。


2)NICにどんな思い出・思いがありますか。

NICの前に、高校で一度アメリカに留学しましたが、その時の経験から、ダイレクトに大学に行くのは厳しいと思っていました。
NICではノートテイキングやリーディングから、ディスカッションまで、大学生活に必要なスキルを一通り勉強できて、本当に助かりました。
新聞奨学生をしていたので、学生生活をエンジョイしたという記憶はほとんどなく、とにかく授業と仕事の記憶しかないですが、
東京は魅力的なので、むしろ目標がぶれなくて良かったかもしれません。
NIC出身でアメリカでルームシェアしていた友達と、今も都内でルームシェアしています。
気の合う人がたくさんいて、長く付き合える友達と出会えたこともNICでのいい思い出です。


3) 留学中はどんな風に過ごされましたか

短大はDVC⇒Southwestern Oregon Comm. College⇒DVCと、コロコロ移動しました。
写真など趣味的なクラスも楽しめました。日系人やメキシコ人、日本人、アメリカ人と色々な人種の人と住んで、文化交流も楽しんでいました。
留学関係の雑誌に枠を設けてもらって定期的に投稿したりもしていました。
大学では2ベッド2バスに6人で住む荒技で二年間過ごしました。勉強も大変でしたが、心理学だったので、
福祉系のボランティアも週に2回〜3回携わっていました。
卒業後はアメリカ人の友達とシェアしながら、薬物中毒と精神病の患者さんの更生施設で、カウンセラーとして一年働きました。
かなりハードで、常に誰かが病気の影響で乱れているような緊迫した職場だったので、一年経つ頃には、寝られないしアトピーなど体にガタが来ましたが、
仕事自体はとても楽しかったです。今でもまたカウンセラーとして働きたいなと思います。


4) 学生時代には、何をしておけばよいと思いますか?

私は留学時代、アメリカで英語を使ってカウンセラーの仕事をすることが目標でした。
OPTで正にやりたかったフィールドでカウンセラーとして採用してもらい、Visaはサポートしてもらえなかったものの、アメリカでやりたかった事は全て達成して日本に帰国しました。

帰国後に苦労したのは、帰国してからの事を、何一つ考えていなかったため、日本でこれから何をしていいか、本当に全く分からなかったことです。
地元に戻って某英会話学校でインストラクターになるも、すぐに辞め、都内に戻り旅行の添乗員、そして現在の特許事務所に転職しました。
この脈略のない経歴からも分かるように、自分がこれからどうしたいのか分かっていなかったために、
日本での生活に充実感を得られるようになるまで、かなり時間が掛ってしまいました。
これは帰国後の明確な目標があれば、もう少し違っていたかもしれません。

留学は、あくまでその先に続く人生をより豊かにするための通過点であり、留学中から留学の向こうにある自分像こそをしっかりとビジュアライズして、さらに漠然とでもいいので、こういう30歳、40歳になりたいというビジョンも持っておくと、私が経験した類の迷いは経験しないで済むと思います。



Posted by ktukjp at 12:41