June 10, 2010

「ザ・ライブセッション」 パネリスト紹介 川島 彩子さん

NIC第19期生
川島 彩子さん

神奈川県立希望ケ丘高等学校出身
カリフォルニア州立大学サンディエゴ校 国際安全保障&紛争解決学学部卒業後、
第一三共株式会社勤務

<どのような生活を送っていますか?>
昨年12月に卒業・帰国し、4月からボストンキャリアフォーラムでご縁のあった製薬会社に勤めています。
製薬会社といえばMRか研究開発が一般的ですが、留学生枠はグローバルを目指すという意味でコーポレートスタッフ職の募集で、経営管理部門に配属になりました。これから、主に海外管理を担当していくことになりますが、周囲は入社10年以上の優秀な、しかも男性ばかり、いきなり経営トップレベルの方々と関わる機会が多く、社会人1年目のひよっこには正直荷が重過ぎる感もあります。
日本とアメリカの逆カルチャーショックに苦しんだり、満員電車に辟易したりもしていますが、何十年勤めるうちの数ヶ月、長い目で見ようと心がけています。戸惑いもあり、緊張もあり、悩みながら手探りで進む日々ですが、ようやく仕事以外の時間に余裕が出てきました。
会社帰りにジムに通ったり、古い友人と会ったり、家族との時間を大事にしたり、教養を深めたりと、毎日を乗り切るだけでなく充実させられるよう、いろいろ挑戦を始めたところです。

<高校時代の夢は>
なんとなく日本を飛び出してみたい、と考えていた気はしますが、あまり定まってはいませんでした。昔から正義感が強かったので、人のためになる仕事がしたいという思いだけは常に持っていたと思います。国際機関や、NPO・NGOで活躍したい、と漠然と考えていたこともあれば、次世代を担う子供たちの教育に関わりたいと、教師になると宣言していたときもあります。アプローチの仕方は模索中でしたが、高校時代の夢は自分の力を人のために役立てること。それは今もつながっています。

<NIC時代の夢は>
留学をすれば、自分のやりたいこと、自分なりのアプローチが見えると思っていたので、考えていたことといえばとにかく大学をきちんとでること。在学中に卒業後のことまでは、まったく考えていなかったような気がします。このときはまだ自分が本当に海外の大学へ行けるとも、卒業できるとも信じていませんでした。日本では学べない分野を修得して、しかも日本の大学に進学した同級生よりも先に卒業できたらすごいんじゃないかと、今思えば非常に近い将来を夢見ていました。

<どんな高校生でしたか?>
部活やボランティアなど課外活動に打ち込みつつ、勉強もおろそかにすることなく、高校生らしく申し分のない生活を送りました。部活は部長を務めた弓道部に加え、フィリピンの支援をしているボランティア団体に片足を突っ込んだり、図書委員、生徒会、合唱部の有志などをかけもちし、毎日走り回っていました。大学に進学するつもりでしたので勉強はほどほどにしていました。ちなみに、得意科目は現代文、古典と世界史でした。

<留学しようとしたきっかけは?>
本気で留学を考えはじめたきっかけは、当時話題だった安全保障問題です。911があって、戦争があって、自衛隊が派遣されて、という時期でしたが、どうやら日本は戦後軍事学がタブーとなり、これを修めている人が政策決定に関わっていない、という話を耳にしました。誰も知らないなら、仕方がないので私がその知識を海外で身につけ、日本に持ち帰って役立てていただこうなどとたいそうなことを考えたのがきっかけです。
同時に、私は日本の大学受験のシステムに反発を覚えていました。大学名にこだわりたくない、といいつつも、いわゆる有名大学、名門校に入れなかったらと考えると、不安でした。学歴や肩書きにとらわれてしまう、そんな自分に限界を感じていたので、この限界を超えるためには、絶対に自分のような「普通の人」にはできっこない留学という「偉業」を成し遂げるしかないと思いました。

<NICを選んだ理由は何ですか?>
留学を決めた時点で、私は自分が本当に留学できるとは思っていませんでしたし、自力で行くという選択肢はまず自分の中になかったので、とりあえずいくつか留学斡旋をしてくれるところを回りました。努力次第で4年以内で卒業ができる、というシステムが魅力的だったこともありますが、純粋に、直感です。他校を何件かまわった後、NICの説明会に参加し、すぐに気持ちは固まりました。強いて言うならば、英語「を」、ではなく英語「で」勉強して、大学を卒業したいという私のニーズに一番あっていたからだと思います。入学手続きやビザの申請などのサポートが充実していたことと、留学期間の目安がわかっていたことは、両親を説得するのにも効果的でした。

<NICの思い出>
クラスに加え、学生会の副会長、図書館でライブラリアンのバイト、学外での塾講師のバイトをしており、とにかく忙しく、あっという間に過ぎました。とにかく必死でしたが、みんなも必死で、お互い大変ながらも協力し合い、励ましあい、一緒に乗り越えたその日々の過程が、特定のイベントよりも思い出されます。休日にクラスメイトのいる学生寮まで行ってプレゼンの準備をしたり、授業の合間にお昼を一緒に食べながら励ましあったり、授業中、グループワークでお互い必死に考えを伝えあったり。みんながみんな努力をし、結果に結び付けていたので、仲間に恥じるようなまねはできない、と今でも思い出しては、心の糧としています。

<NICで変わった事は何ですか?>
NICでの、かなりのハードワークを通じて、ある意味楽観的になったと思います。しかしこの楽観的とは、ただのお気楽ではなく、「これだけがんばってきて、これだけがんばれて、結果を出せたのだから、どんな困難でも必ずなんとかなる、なんとかする」といった意味での楽観です。どんなに無理だと思ったことでも、仲間と励ましあいながら、先生やスタッフや家族に支えられながらなんとかやり遂げてきた。やれば、できる。それを信じられるようになり、経験に基づいた、強さに裏付けられた楽観主義を手に入れたと思います。

<留学時代の苦労した事、挫折した事など教えて下さい>
やはり異文化間の違いで苦労したことがあります。模擬国連に参加したとき、同じ学校からの参加者とチームとしてまとまって行動することができず、他校からも顰蹙を買ってしまいました。引率の教授は結果的にイベントの趣旨をきちんと理解し行動できていたのは私だけだと言っていましたが、それを伝え、リーダーシップを発揮し、まとめるような英語能力も力量も度量も、当時の私にはありませんでした。主張したいことがあるのにうまく伝えられなかったのは、単純に言葉の問題だけではありません。NICで培ったコミュニケーション能力を活かせば何かを変えられたかもしれないのに、自分の力を信じられず怖気づいてしまい、自分が正しいと信じていることを突き通せませんでした。今でこそインターンの経験などもあり彼らに対するマイナスイメージは払拭されましたが、分かり合えないという失望感を、かなり引きずることになりました。


<奨学金はもらった事がありますか? 種類と金額を教えて下さい>
4年制大学に編入後、ISCOR Scholars Scholarshipを受賞しました。学部生向けの奨学金で、入学・編入1年目に応募し、2年目以降に受給できます。額は2学期にわたり$500ずつ計$1000でしたが、編入後1年半で卒業したため1学期分のみ半額の受給となりました。(交渉しましたが残念ながらだめでした。)

<留学中、アルバイトはしていましたか?>
していませんでした。

<留学中、クラブ活動・課外活動などしていましたか?>
短大時代に”Global Citizen’s Club”というクラブの立ち上げに参加し、ファンドレイジングや模擬国連に参加しました。すぐにメンバーが卒業・編入などで散り散りになってしまいクラブを定着させることはできませんでしたが、特に模擬国連での経験は自身の成長と卒業後の進路決定に大きな役割を果たしました。日本語のTAもしていました。
SDSUでは、卒業単位のためのインターンシップで、SCHAP (Sustainable and Comprehensive Humanitarian Assistance and Planning)という、できたばかりのNGOに週に3日、片道2時間半かけて通いました。創立者が同じ学部の出身で、メンバーはそれぞれ自分で仕事を持ちながら、空いた時間と稼いだお金をすべて報酬なしで、ケニアでの独自のコミュニティ開発プロジェクトにつぎ込んでいました。私は忙しいメンバーに代りアフリカから仕入れた商品の管理や事務・雑用を手伝いました。地味な仕事でしたが、とても感謝してもらい、やりがいを感じました。

<親御さんや高校教師から留学を反対されましたか?どんな風に説得しましたか?>
両親には悪いのですが、すべて決めた後に事後報告しました。言いたいことはたくさんあったようですが、私の人生は私の人生、意見することはできても止めることはできないとあきらめたようでした。大学のシステムはわかりにくく、実際にかかる期間やお金を調べるのはむずかしいかったのですが、できるだけ理解し両親にも説明し、3年で帰ってくることを強調しました。また、両親に認めてもらえるようにとNIC在学中2・3学期のアカデミックのクラスではオールAをとり、NICJスカラーシップとあわせ修了式ではステージに上がり表彰される姿を見せることができました。高校の担任の先生は、私の決意が固まっていることを確認し、英語の先生だったこともあってか応援してくださいました。私の高校で留学を選ぶ人は非常にまれでしたので、今思えば応援していただけたのは幸運だったかもしれません。

<高校生へのメッセージ>
留学をしてみたい、という人は多いものの、実際に行動に移せる人はまだまだ少ないのではないかと思います。少しでも興味を持ったのであれば、怖がらずにぜひ行動に移せる人になっていただきたいと思います。できるかできないか、といえば、私は誰にだってできると思います。問題は、あなたがやるかやらないかです。正規留学を目指すのであれば、ぜひ心に留めておいてほしいことがあります。それは、英語は、そして日本語もほかの言語も、あくまで何かをなすための「ツール」だということ。英語ができる人は、実は国内でも育つし、語学留学で事足りるのではないでしょうか。しかし英語「で」専門性を身につけた人は、貴重です。海外で何を学びたいのか、英語「で」何がしたいのか。留学をするだけですごい、ということはないと思います。しかし、留学は自分を変えるきっかけにはなると思います。何かに限界を感じているのならば、何かを成し遂げたいのならば、ぜひ留学を足がかりとして考えてみてください。





Posted by ktukjp at 12:58