September 30, 2009

1940年生まれ、元都立高校教師の海外留学挑戦                           〜ワクワクする毎朝「今日は何が起こるんだろう?!」〜

NIC13_紀代子NIC第13期生 小林紀代子さん
サウス・ベーロ大学 東洋医学大学院在学中



小林紀代子さん(写真中央)


1940年生まれ、元都立高校教師の海外留学挑戦
〜ワクワクする毎朝「今日は何が起こるんだろう?!」〜


目の前の答案用紙に没頭し、ふと気がつくと、静まり返った教室に残っている学生は自分だけ。そこに教授が歩み寄り、じーっと顔を見て優しい声でそっと言った。
「キャシー(紀代子さんのニックネーム)、オーケー。もう十分だ。がんばっているんだから」

出来具合は50点ぐらいだということはわかっていた。普通だと落第である。
でも教授がくれたのは合格点。
「アメリカの教育は、私を見捨てない」
都立高校の教師を定年まで勤め上げてから留学に挑戦した「教育者」の目に映ったのは、そんな「心の通った教育」だった。

「私は何十年も教職の身でしたから、カンニングだけは絶対にやらないと決めてたんですけどね」
そう笑う紀代子さんだが、ほかのテスト中にも、教授のところに質問に行くとヒントをくれるし、周りの学生たちも「寄ってたかって(笑)」答えを教えてくれる。それは、クラスでは常に一番前に座り、一生懸命学んでいる姿をみんなが理解して助けてくれているわけだが、それに甘えてばかりいるわけでもない。テストの後には常にレビューを行って知識はしっかり習得するし、人一倍の努力もする。そして念のために、こう付け加えた。
「もちろん普通の学生のカンニングには日本以上に厳しいのも、アメリカの教育ですよ」

◆NICとの出会い

実は紀代子さんがNICと出会ったのも、「テスト中」だった。
「進路部にいて、生徒の色んな進路相談にのっているうちに、自分自身の進路も色々考えるようになったんですよ。でも、どの学校のパンフレットを見てもピンと来ないし、満足できない。そんなある日、テストの監督をしながらふと目に留まったのが、教室の後ろの棚に置いてあったNICのパンフレットだったんです」
もともと52歳のときに試しに受けた英語テストの結果が「中二レベル」。そこで毎週末、英会話学校に通い始めて8年近くが経ったころだった。
「パンフレットには、『手厚いサポート』があると書いてあったし、載っている学生たちの写真や文章から真剣さも伝わってきたから、ここなら、と思いました」
そして定年1年前の夏休み、NICの夏期講習に参加。
「パンフレットの内容が本当かどうか『チェック』に来たんですけど、先生も学生も私を自然に迎え入れてくれて、『やれる』と確信しましたね」
そして無事に定年を迎えた翌年、紀代子さんの姿がNICにあった。

◆すべての原点となった1年間

「いまの日本には厳しさがない」
そう嘆く紀代子さん。
戦後、養女にも出され、本当の厳しさの中を生きてきたからこそ、その言葉には重みがある。でも、NICでの1年間は特別だった。
「世界のどこに行っても、これだけの厳しさはないですよ。今の時代、ちょっとした英語力とお金さえあれば、留学は簡単にできます。でも、母国で仲間たちとハードな1年間を体験して、それぞれの志望先へと羽ばたいていくという過程は、短いながらも人生の中で必ず計り知れない大きさをもってきますよ。私は思うんです、NICの1年間は10年分の価値があると」

そんなハードな1年間を共にした仲間とは、いまでも連絡を取り合っている。そこにはもちろん年齢の壁はない。
「NICから羽ばたき、海外では様々なサポートで守られ、帰国したときには気軽に戻ってこれる。ここはまさに私の原点です」

◆夢に向かって

いま紀代子さんが通うのは、ロサンゼルス郊外にあるサウス・ベーロ大学(South Baylo University)の大学院。東洋医学を専門的に学べる大学である。渡米当初はまだ英語力が足りなかったため、UCLAの女子寮に住みながらESLクラスへ通学。サウス・ベーロには2004年に入学してきた。
もともとは、教師時代に演劇部の顧問をやっていたこともあり、スタンフォード大学で演劇療法(サイコドラマ)を学ぼうと考えていたという。でもESL時代に学内のカフェで脂っこいものばかりを食べていたりしたせいか、医者から「このままでは肝臓がやられますよ」と言われて、資金的な事情もあり進路変更を考えた。そして医学の道、とくに東洋医学に興味を持ち、いろいろ学んでいくうちに、のめり込んでいった。

「東洋医学というのは、西洋医学に見放された患者が頼ってくるところです。だから、東洋医学の知識だけではなく、西洋医学の知識も持っていないと話にならない。ここでは4年間で両方を学ぶんです。マッサージも、針治療も、太極拳も全部です」
そしていま、紀代子さんが目指しているのが2つの博士号(Oriental Medical DoctorとPhd.)の取得。その後は、クリニックを開く道もあるが、後進の指導にも興味がある。

「いまは大学の中にあるクリニックでインターンをしてますから、目標達成まであと一息です。でもまだまだこれからですよ。いまの私はカイコみたいなものです。毎日毎日桑の葉を食べて絹を作っている。やがてサナギになり、そしてチョウになって羽ばたいていく。この分だと、100歳まで生きないと、もったいない!」

ここ数年、本気で学びたい社会人が増えている。
NICにもそんな「Young at Heart」な学生が増えているし、親子留学の例も増えている。これはアメリカを始め欧米では普通のことであるし、サウス・ベーロ大学にも入学当初は年上の学生(73歳)がいたという。
「とにかく私が今一番言いたいのは、年をとっていても夢さえ持っていれば『やれる!』ということです。いつでも、だれでも、どこでも、自分が望みさえすれば学ぶことは出来るんです。そして頑張っていれば、周りのみんなが助けてくれるし、夢が向こうからやってくる。夢が降ってくるんです!」
最後に紀代子さんはすべての「学びたい人」へそんなメッセージを残して、ふたたびアメリカに飛び立っていった。

  

Posted by ktukjp at 16:28